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7月で33歳になります。今週は、体の衰えを感じる一週間でした。


先週の金曜に感じた体調不良。土日に回復できるかと考えていたがまったくの見当はずれ。月曜にものどの痛みが残り、そういう経験は初ではないのでこんな時は耳鼻咽喉科に行けば万事OKなのだと意識するも、日中に多少症状が和らいだ気がして、行かず。この判断が間違いだった。

結果、耳鼻咽喉科が休みの水曜に痛みのピークを迎える。休診中のかかりつけに行くことはできないので、泣く泣く内科へ。薬を処方されるも即効性はなし。

翌日木曜、丸一日薬を飲んだのに何も変わらないのは何か重大な病気なのではないかと勘繰りはじめる(以前、溶連菌に感染発症したことがある)。不幸中の幸いは熱は出ていないことか。ソファに横になりながら締切仕事に向き合う。



昼前、夫のはみから「今日、残業して遅めに帰ってもいい?」のメッセージが入る。

いや、いいも何も、自分で考えてよ。わたしだいぶしんどそうだったじゃんか。昨日だって夕飯準備できないから買ってきてって言ったじゃんか。そこに揚げ物買って帰ってきたのはあなただけども。

とっさに頭に浮かぶこれらの思いは、察してチャンの思考に入るのだろうか。しかし他人ではなく家族なのだから相手がどんな状態か聞き出す工夫くらいしてくれてもいいのではないか。そもそも病める時も健やかなる時も…アー別にそういう誓いを立てるような儀式はやってないけどね。



察してくれないからといって腹を立てること多少。しんどいからだを横たえてぼうっとする頭で相手の気持ちに思いをはせる。

はみは普段、朝はたちゅごんの登園やら洗濯干しやら食器洗いやら、そして夜は基本たちゅごんの風呂と歯磨きを担当している。だいぶ疲れると思う。まあわたしも同じくらいの負荷で家事を担当しているし休日の朝はたちゅごんに合わせて起きるといったことをしているのでとんとんだとお互い認識してはいるのだが。

ということで、はみにも時に家事育児を忘れることのできる一人の時間が必要だとわたしは考えているのである。わたしが勝手に体調崩しただけ。この日は休憩日にしてもらおうじゃないか。



問題は、はみがわたしをわたしの思い描いた通りに丁寧に扱ってくれないことではなく、はみとわたしの二人では回しきれない家事と育児が自宅にあふれかえっていることにある。

家事や育児の一つ一つは、どうってことのないことなはずだと、思うのだけど。わたしはもう歩いて数分の保育園にお迎えに行くのがしんどいし、すぐそこのベランダから洗濯物をとりこむのがしんどいし、たちゅごんのためにお皿を出したり下げたり、食べるものを考えるのもしんどいし、そういったあれこれをやってほしい理由やどのようにやってほしいのかを、伝えるのがしんどい。

伝える代わりに以前のわたしなら「気合いだ!」みたいな気持ちでえいやっと乗り越えるのだが、ここではたと気づいた。この数か月「気合いだ」で乗り切った仕事がいくつあったか。無理するとのちのち踏ん張りが利かなくなるよと教えてくれた先輩の言葉がよみがえる。あそこでよく休まなかったことが、今のこの状況を招いているのではないのか。

そもそもここを踏ん張って、どんなメリットがあるのか。「一人でやりきれた!夫のプライベートも充実させて、わたしは家事も育児も頑張れた!」そんな自負を手に入れることか。それがわたしのやりたいことなのだろうか?健康と引き換えにして?



そこまで深く突き詰めて考えたわけではないのだけど、なんだかふと、肩の力を抜いてみよう、と思ったのです。

数年前、就職をするから子育てを助けてほしいと両親にお願いし、つっぱねられた嫌な思い出。当時感じた怒りもだいぶ薄れたなあとぼんやり考えながら母に連絡を入れてみると、パートが終わったら行きますよの返事がすぐさま送られてきた。

たちゅごんをピックアップし、二日分はあろう惣菜を手に母はやってきた。わたしはだるい身体で耳鼻咽喉科に向かい、のどを消毒され、あなたにはこれでしょうと薬の処方を受け、それだけで少し楽になって帰宅する。(実際、のどを直接消毒されるのが効くのか、吸入のおかげか、新しい鎮痛剤のおかげか、夜には痛みが減退した)



助けてください、と誰かに言うことはなぜだかとても難しい。少なくともわたしにとっては。でも身体は確実に老いていき、5年前の自分が持っていた体力はきっともう今はない。

助けてくれという言葉を、わたしはこれから徐々に手なずけていくのだ。そんな予感がした、32歳10か月の夜。