◼︎夫がいるからできる仕事
時々、朝は疲れておきられない。わたしより出勤の早い夫が息子を起こし、朝食を準備し、食べるように声をかけ、目覚ましに反応していないわたしにも声をかける…
夜は夫が保育園のお迎えに行き、その間もわたしは勤務先で自分の納得いくまで仕事をする。夫は、おそらくかつてのわたしのように、もう少しキリのいいところまでやりたい、という気持ちを抱きながら、職場を後にしているのだろう。
わたしの仕事の実績(というほどのものはまだないのかもしれないが、さしあたっての業務の結果、とでもとらえていただきたい)は全て、「夫のサポートあって」のものになっている。
◼︎誰かを踏み台にして
上海出張の飛行機の中、2回目の、角田光代の「私のなかの彼女」を読んだ。寝食も忘れ、部屋のなかを整理する間もなく仕事をする主人公と、家事をすることで彼女の生活を支えながら、あなたのせいで家事に時間がとられると責める彼氏。
専業主婦や時短勤務をしていた頃のわたしはこの作品の中の彼氏で、そして今反対に主人公の女性の立場になっているようだ。
彼らには子供がいないから、全ての状況が合致していて共感をしたということではないけれども。わたしにとって子供をもつということは、誰かを踏み台にすることでしか得られないものができてしまった、ということなのかもしれない。わたしは今、夫を踏み台にすることでしか、仕事の実績を積めなくなっているのだから。
今のわたしは、仕事のための情報収集にかける時間、そして前向きな気持ちでいるための自分だけの時間、それらを確保するためにも子供と離れる必要があり、夫を頼らざるを得ない。
子供を持つということは、あるいはもしかして結婚するということは、多かれ少なかれそういうことなのかと、実行してから気付くのでした。
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