朝ごはん。
といっても、わたしもたちゅも、ほぼ野菜を無視して、おにぎりと、残りもののたんぱく質をとって、ごちそうさま。

だんなは朝早い出勤だったので、おにぎり持って行ってもらった。
えだまめと、しらす入り。


たちゅごんはギリギリまで寝かせて、ごはん途中でわたしだけ離脱。たちゅごん朝食ちゅうに、歯磨きとメイクと洗濯干しをする。
かちゃん、と音がして、見に行ってみるとこのありさま。
マメいらない、とか言ってたのもあって、余計に、気分が沈む。

出がけに、トイレー、と入っていって、その後なかなか靴下はかないたちゅごんをせかす。
小学生の登校エレベーターラッシュの時間も過ぎ、あせるあせる。
つい、冷たくしてしまって、また、落ち込んだ。



ちょっと前、ネットでよく目にした子育てブログ
素晴らしいたとえ話があったので、引用します。

子育ての何が大変って、小さな行動ですら、自分の計画したように進められないということ、という説は、大きく頷いてしまう。
三人子どもがいるそうだ。すごいなあ。


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提出書類を部長に渡しに行き
ハンコをもらうという簡単なことなはずなのに

風が吹いて書類は飛ばされ
やっとつかんだ書類に同僚がコーヒーをこぼし
書き直そうと思ったらコピー機は故障中
手書きで書こうと思ったらボールペンがインク切れ
別のペンを見つけ出してやっと部長へ提出出来ると思い歩いていたら
なぜか床からモグラが出てきて
モグラにつまずき転んで書類が破れる。
そこに経理のエミちゃんが現れて
「これとこれ急ぎの仕事だから早く書いてください」と別の書類の山を渡してくる。

(中略)

子育てしていると

モグラが床から飛び出てくることなんて
日常茶飯事です。


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そう、日常茶飯事。
外に出よう、って言ってから、トイレに行くってなって、靴下自分ではく、ってなって、上着も自分できる、ってなって…何故か十分。

でもそれに付き合うことも愛だと思うから、待つ時間とわたしの都合とバランスをとる。時に愛しく思いながら。時に待てずに苛立ちながら。そんな自分を好きになったり嫌いになったりしながら。



朝5時半起きで作った夕飯、今日はしょうが焼き!おいしかった。
帰路入ったメールで、だんながすぐ近所の自分の実家に行くというので、来週から透析を始める予定の義理の父に少しでも塩分の少ないものを、と、少ないしょうゆで煮物をつくりつつ、たちゅごんに夕飯を配膳する。

冷蔵庫から出したかぼちゃの煮物が冷たいと文句を言われ、お肉もっと食べたいと言われ、あっち行ったりこっち来たり、合間に自分のご飯…でもたちゅごんは自分で上手に食べるんだから、わたしはしあわせものだな。


明日はお休みもらって5年ぶりの北京に行ってきます。
仕事、終わった気がしないけど…