どちらかというと、思い切りが良くて、してしまったことを後悔するタイプ、だと思っている。自分のこと。 やらないよりやって後悔した方がまし(まあ後悔しないで後付けでも肯定していく傾向にあると思うけど)と信じているから、母数のぶんだけ、やってしまった、っていう後悔が多いのかもしれない。

会社のお昼休みに、最近仲良くしている3つくらいとししたの男性から、そんなわたしの人生の参考になりそうなことを教えてもらった(言語とか食生活とか娯楽とかに複数の文化的所属がありそうな人物なのだけど、今日授けてくれた知識に関係があるのかないのかわからない)。

・何か起きたことの理由は、いつも自分に求めたほうがいい

・自分の本性を変えるのは難しい。その本性とどう付き合うか考えること。そうしないと成功しない。本性のネガティヴな面を捉えて絶望する必要はない。変わらないものだから共存する方法を会得することが大切。


彼のいうことには、もしも自分と自分以外の人の間に、何か問題があると感じるのなら、その理由は自分の中に探すべき、らしかった。他人は変えられないとも言っていた(それはいつもわたしも考えていることだけど)。

問題の原因は他人の中にあるように表現することもできるかもしれないけど、それはさわれない領域だから考えない方が良いということかもしれない。

この数日モヤっとする気持ちには、他人であっても、この人なら変わってくれるんじゃないかという期待があったようにも思う。


2つめは、わたし自身は、自分の本性が自分の生きる道をじゃましてると考えたことがなかったので、驚いた。そうか、わたしがたまに生きるのに不都合を感じるのは、わたしの本性のせいなのかもしれない。

彼は、成功、といっていたけど、たぶんそれはわたしにとっては、幸福を感じること、と同じで良いはずだと思う。それはわたしにとって人生の成功だ。幸福に感じるから人と会ったり自分の提供する価値にお金をもらえるのはうれしい。


彼の示してくれた考えに乗れば全て解決!となってくれればいいけど、実際にはのろのろとしか進まないのかもとなんとなく思う。今日から180度変わってやるぜってなんだか急に加速したらよく宗旨もわからないままどこかの神に帰依するみたいだし、それで「変われた!」「本性と付き合えるようになった!」って言ってもなんだかうさんくさいしな。