上手な夫婦関係、ってなんだろう。いろんな家族の形があっていいと頭では考えている。だけど、セックスは外でして家庭ではしない、という考えは、少なくとも自分のものとしては心に受け止められない、いまのところ。

セックスしない夫婦があってもいいではないか。この考えにはわたしの心はなじむ。
でも、セックスは配偶者以外として、一方で経済と生活の共有者には配偶者というパートナーがいる。そういう考えにどうしても馴染めない。

たぶん、わたしにとってのセックスは信頼の証であって、同時に、経済や生活を共にする人がいるのならその人を一番信頼できる大切な人にしたいという理想があるからだろう。(あるいは、刷り込みなのかもしれない。)

これまで、いろんな人と知り合って来た。家庭の外でセックスのパートナーを求める人もいて、性的な欲求と恋愛感情の境目がどこにあるのかわからない人もいた。

ある時は、配偶者への信頼を保持したまま、わたしの恋人の座に座ろうとする人もいた。その地位はわたしの全幅の信頼を必要とするもので、わたしはその座を明け渡したいのに、あちらの一番の信頼というものがセットでないことにちゅうちょと憤りを感じた。それは苦しいことだったなと思い返す。そんな三連休まえ。