日曜の朝は、仮面ライダー。ふだんは録画して好きな時に見ているけど、本日はわたしの実家(あまり家電に触らない母、休日出勤の父、テレビは基本夜だけ)にいるため、朝起きたら珍しくオンタイムで番組を見ていた。

今日の仮面ライダーは、主人公が自分の身体に長年寄生していた(しかしおそらくそのために仮面ライダーへの変身を可能にした)相手と体でぶつかり合い、やっつけるというエピソード。

光線的な、物理的に距離を取りながらも相手にダメージを与える攻撃をするのかと思ったら、拳どうしを衝突させるところからはじまり、蹴飛ばすこともあり、意外と接触しているものだなと感じた。そして蹴飛ばすというのは、ものすごく単純でカッコ悪くて、そういう攻撃を与えてしまうヒーローは逆にリアリティがあるかもしんない、と感じられた。

今週、息子が保育園で、友達の行いをただそうとむなぐらをつかんでいたそうで、報告を受けた夫はそうとは言わないが小さくショックを受けているらしかった。ふだんテレビ画面を通じて、物理的な力を加えて正を主張する様子をテレビ画面で見ていたらそうなるよなぁとその話を聞きながら思っていたが、今日の戦闘シーンを見て、やはりと納得。

わたしは2つ違いの妹がいて、昔、消化できない気持ちを物理的な攻撃で、といったら逃げた表現だけど単純にあいてをぶって(蹴ったことはなさそう、おそらくグーで攻撃したこともないはず)、与えようとしたこともある。

その時は、意外と思い描いたようにひとを殴ることはできないものだなということだった(パーであっても)。ボクシングで打ち込む練習をする理由がよくわかる(気がする)。

力加減は必要だけども、物理的にも精神的にも、誰かにぶつかる、誰かにぶつかられる、誰かとぶつかり合うことでしか得られないこともあるのではないか。力加減という存在、自分の力をどう調整したら相手に自分の想いを伝えられるのかは、実際にぶつかることで初めて知ることのできるものだとわたしは思っている。

物理的な衝突には怪我のリスクが伴うので、息子にはそれを理解した上で行動するように伝えないといけないよなと感じるし、ケンカを推薦するつもりもないのでやれ殴ってしまえつかみかかってしまえというつもりもない。それでも、物理的に距離をとったままの光の攻撃では伝わらないものがあるのなら、その存在は隠さなくていいよなと、そう思うのです。