◼︎男女交際に対する両親の未承認

経済的自立がなければ、恋愛なんてするんじゃない、的な言説は世の中の家庭でめずらしくないのかもしれない、ということは社会人になってから気づいた。

両親はそういうタイプで、わたしが大学一年で初めて男性と彼氏彼女という関係になった時、嫌そうな態度を見せられたものだった。(そもそもは、舞い上がって、彼氏ができたのだ!とは言わずとも、日常の報告の端々にその存在を織り込んだ自分に端を発する出来事なのだが。)

20歳の時、茨城住まいの自分は東京住まいの彼と付き合うことになった。今考えれば遠距離のようなものだったし、日中は学校とバイトに明け暮れ、通学に片道2時間をかけていたわたしが夜の空いた時間を彼と過ごそうと考えるのは自然な流れだったと思う。

母親も言葉でこそ、両親が所有する自宅に住んでいるのに経済的に自立していないのに、男遊びにうつつを抜かしやがってという意味のことを表現していたが、週に一度帰宅しないことを問いただすことはなかった。


◼︎経済的に支えられながら恋愛を享受するということと、周囲の支えを受けながら子育てをすることの共通点

大学で知り合う男女には、仕送りを受けながら、大学のそばや沿線に住まいを借りている人も多く、少なくない場合彼氏や彼女がいた。

仕送りを受けていること、大学のそばに住めること、好意を抱いた相手と2人になれるスペースがいつでも確保されていること、その全てが羨ましかった。

状況の全てが類似しているわけではないのに、子育てをしている今、夫や夫以外の家族の支えがあって保育園に登園をしている様子を見かけると(家族の支えはつまり、母親以外が登園していたり車の送り迎えがあったりするということ)、あの時の強い羨望と、同じくらいに存在感のあった諦めを思い出さずにいられない。

欲しいのにどうしても手に入らないもの。もっとも、保育園の登園では、支えのないあるいは少ない同類の方が、多数派だろうけども。


◼︎恋愛と結婚は別だった

妊娠したらこわいぞーという性教育を受けてきたのに、少子化甚だしい平成26年くらいになって、突然、早く子供を産め!といわれるギャップよろしく。わたしの両親はわたしが実家に連れて行った夫とにこやかに挨拶をした。

まあたぶん、わたしが結婚することはわたしの両親にとって、わたしを経済的に支える責務から解放されることを意味したので、家族の一員として恋愛をされることと、結婚して家を出て行くことは、全く意味の違うことだったのだろう。


◼︎軸は家族か交際相手か

かくしてわたしは一度も自分の男女交際について両親に話すことなく、男女交際の自分史に終止符を打ったのである。もしかしたら、男女交際について両親に話さないのは適切であるという見方はできるのかもしれないが。

今付き合っている男性について、自分の母親に相談する女友達の感性がわからなかった。わたしにとっては母親はほとんどいつもの場合対立すべき存在としてイメージされて、むしろ付き合っている男性の方がわたしの味方だったから。相談すべきは母のことで相談相手は恋人として振舞ってくれる誰かだった。

さてわたしの息子は果たして、軸を家族に置くのかどうか。楽しみにしてみよう、と思っている。