ついに読み終わってしまった、「結婚と家族のこれから」。現実がたくさん書いてあって、気持ちが整理されたり、向き合ってかみくだいて受け入れるのに、少しの悲しみを感じたりしました。
悲しみは、ここを目指したかったわけじゃないのに、という落胆かなぁ。

受け入れて認識すべきと思ったことの1つが、「職場が息抜きになり、家庭が効率を追求する場になってしまう」ということ。

復職してからのわたしはまさにそれで。

職場では基本的に、自分の好きなタイミングで休憩できて(トイレに行くとか、ちょっと考えるのを中断するとか、飲み物飲むとか)、同僚ともできる範囲で助け合って、過ごせる。

だけど家庭では、だいぶ減ったとはいえ、子供の生活の補助のために、部屋を片付けるために、食事を提供するために、休憩がとれないこともしばしば。
それに、わたしがひとりで出かけるときには、いわば同僚となった夫の家事負担を減らすためにさまざまな下準備をしている。

それは掃除だったり洗濯だったり。別に要求されるわけではない。しかしそれを放棄して彼に、押し付けて、わたしだけ自由な時間を謳歌するのは許されるのだろうか?不公平ではないか?と考えてしまうのだ。

夫の気持ちが不穏になっていないか、負担に偏りはないか、気を配らずにはいられないのだ。だってわたしは、ずっとその不公平感を抱いて来て、不満だったから。同じ気持ちを味わうことのないよう、手配したいのです。

最終的に子供をうとましく思ってしまうのは、最も忌避すべきことだとも思う。だからわたしは、こんな関係でいいんだっけ、って思いながら、子供の保育園の送り迎えが平等になるように、残業する日としない日を数えて、お迎えに行く日の日数を、調整しちゃったり、するんだな。