昨日は、退勤後に、保育園面談。
このところ、帰り道の泣きわめきがすごくて、よく弱音を吐いていたのもあり…
ワガママとどう付き合うか、というお話をしていただいた。
親の都合を優先して、そっけなくしていいんですよ、と。
そのかわり、先の楽しみを伝えたり、ほめることも忘れずに。

たちゅごんには、パパは甘い、のが、ばれているようで、
旦那お迎えの一昨日は、極寒強風雨の中、だっこー!と叫ぶたちゅごんに負けて、半分抱っこで帰ったとか…

泣けば要求が通る、自分の要求は基本的に叶えられる、そういう環境は子どものためになりませんよ、とも言われた。

世の中は理不尽なんだから、親の都合を優先させる、という理不尽さを、知っておくのも悪くないらしい。
たしかに、そうだな。

その後の、だって、親は、特別なんですから、すごいんですから、という言葉には、
素直に肯定できず…
わたし自身は、親子関係がこじれているので、と回答してしまった。

園長先生、たくさんの親子関係や子どもの発達を理屈も現実も知っているだろうけど、
わたしのようなケースには対面したことはないんだろうか。

自分が興味を持ってみると、自分の親子間の居心地悪さは、愛着障害というものだったんだろうな、と感じるようになり、
愛着障害をキーワードにネットや書籍を当たると、自分と母親との間には共依存があったんだなと認識できるようになったのだが、
園長先生はそのあたりの単語はもちろんご存知…なのだろうか。

昨日は、たちゅごんの面談なので、わたしの生育環境に踏み込む必要はほとんどないのだが、それでも自分の話がでてしまったのは、
親子関係がいかに大切か、子どもが自立して自分を愛して生きていくためにどういう対応が大切か、認識しているつもり、ということをお伝えしたかったからだな。

男の子だし、という発言があるあたり、先生の年齢を感じるが、
まあ現実男が政治をして男が経済を動かす社会なので、あながち間違いではない…のかも。

今朝は、パパの脱甘やかし宣言により、ずっと泣きっぱなしのたちゅごん。
結局ご飯も食べず。
外出るとご機嫌になるも、飲ませていたリンゴジュースを遊び飲みするので途中で切り上げたところ、またエンエン。

これまで目を通した育児指南書には、こんなことが書いてあった。
物質的な要求を全てみたすのは甘やかすということ、
精神的な要求を満たすのは甘えさせるということ。
甘やかすのではなく、甘えさせてあげれば良い。
わたしはそれに賛成だ。

でも、最近は、どれが物質的な要求で、どれが精神的な要求か?見分けがつきづらくなっていたように思う。

甘えるとこは甘えてもらって、行動の切り替えは、きびきびと!していこう。


昨日もらった言葉で、あとおししてもらえたもの。
どれも、自分の方針と変わらないのだが、ご飯に関しては徹底できていなかったし、食事やお風呂は頑張って、こなさないと、と考えがち。
特に、朝ぐずってしまうときは、ご飯はさっさときりあげよう。
登園降園も、もっと毅然と、寄り道しないで移動しよう。

・1食くらい食べなくてもこどもは生きてる
・お風呂に入らないくらい平気。眠かったら寝かせちゃう
・登園降園は、家にまっすぐ帰るのだと伝えてそのようにすればよい
・遊び始めたらご飯は終わり。そのあとテーブル戻ってきても、おしまい。
・ごはんは、自分の分と、ひとの分があると教えてあげる。


たちゅごんが自分の人生をより愛せるように。
小さなことから大切にしていきたい。